9.ロブの命

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9.ロブの命

アイが手配した設備が、この町で一番大きな病院に運び込まれた。 費用は、大半をラブが持ったが、あの医師も、自分の家を売り、そのお金を届けた。 『私には病院が家みたいなもんだから、何とかなるさ。』 そう言って笑った。 ララが自分の目と引き換えにしたお金には、どうしても手を付けられず、サバに預けた。 ~手術室~ 術着を纏ったラブが入って来る。 絶望的な貧しい子供の手術に、名乗りを上げる医師はいなかったのである。 『よろしくお願いします。』 心臓外科医のベクター医師は、この時のことを未だに信じられないでいる。 ラブは確かに、国際医師免許を持ってはいた。 切り取った筋肉に、人工の筋肉組織を接合する技術は、今や多くのスポーツ選手が実施している。 しかし、主要な筋肉組織の一つ一つを繋ぎ合わせて行く手術には、大変な時間と技術が必要であった。 それを心臓に施すと言うのである。 心臓を止めていられる時間は長くて五分。 不可能な時間であった。 『心筋移植手術を始めます。ベクター医師、静脈と動脈のバイパスをお願いします。恐らく心停止は三分がリミット。では、ハリス医師、お願いします。』 『ほんとにやるのか?痛みで気を失うぞ。』 ハリス医師は、麻酔や神経外科の専門医であった。 ラブはエプロンを掛けた様な状態で、背中は裸であった。 その細い背骨へと、ハリスは電磁ソナーの付いた太い針を突き刺していった。 普通の人間であれば、激痛で立っていられないはずである。 予め脳内麻酔を施したロブの神経には、この処置がされていた。 人間の脳は全ての細胞を網羅している。 人口神経ケーブルを繋いでロブへ入り込み、心筋組織を正確に把握するのである。 無論ラブにしか出来ない技である。 ベクター医師の処置が終わり、心停止に移る。 躊躇している時間はない。 『心停…始めます。3.2.1.停止。』 握り閉めていた拳を開き、切除された心筋に、肉眼では見えない程細い数百本の繊維を接合していく。 誰もが目を疑う早さであった。 ラブは、背中から全身に走る激痛に、脳への信号が紛れないよう集中する。 余り汗を流さない体質のラブの額から、汗が流れていた。 それを拭いた看護婦のことも、手術が終わったことでさえ、ラブは気付かないまま、気を失った。
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