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毎朝、駅前の赤いポストの横で彼を待った。
電車の出ていく音を合図に、改札のピッという音や人の足音が増していく。
階段をこっそり覗き込んで、降りてくる彼を盗み見るのが楽しみだった。
彼が最後の段を降りる時には、私はもうすっかり背中を向けて、ポストの足を見つめていた。彼が私の肩を叩いて「おはよ」って言ってくれるのを、心待ちにしていたから。
振り向いて「おはよ」と答える。ずり落ちそうな彼のマフラーを直していると、何故かふっと笑われて、「何?」と聞くと「鼻が赤くなってる」と指をさされた。
慌ててそっぽを向いて、自分のマフラーを鼻の上まで上げようとすると、彼の手に止められる。
お互い手袋をしているのに、微かに温もりが伝わる。
「ごめんごめん。行こうか」
彼が笑うと、周りの空気がほっこりして安心する。私はうなずいて、二人並んで歩きだした。
駅から高校まで歩く約10分間が私にとっては至福の時だった。
登校時間の1時間も前に待ち合わせているので、周りに生徒はほとんどいない。
ただ、たまに先生が私達を追い越していくので、二人きりといっても気が抜けない。手も繋げない。
私はいつもそんなことを気にしてキョロキョロしていた。彼はそんな私を面白がった。
「誰かいた?」
「ううん、前後200m以内には誰もいないはずっ!」
彼は更に笑った。
「じゃあ、大丈夫だよ」
そうやって手を差し出されると、私はひやひやしながら、そして違う意味でどきどきしながら、彼の手を握りかえすのだった。
吐く息が余計に白くなった気がする。
「もうすぐテストだね」
「うん」
「勉強してる?」
「あんまり」
「俺も今回は化学がんばんないと…って、またキョロキョロしてる」
ぱっと、彼の手が離れて立ち止まる。もう目の前に校門がある。
同じクラスなので同じ教室へ向かうのだが、いつも何人か先に来ている生徒がいて、やっぱり気が抜けない。
「着いちゃったね」
私はいつも周りのことばかり気にして、話したいことをろくに話せないまま、至福の時を費やしてしまう。
「行こ」
先に門をくぐるのはいつも彼だった。
「うん」
私も後に続いた。残念な気持ちはあったけど、彼の後ろ姿を見るのも、私は好きだった。
日常のちょっとした瞬間に、ささやかなひとときに、幸せは溢れている。
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