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彼女はいつも、窓際の後ろから2列目に一人で座っていた。
高校の頃は一人ひとりの席が決まっていたけど、大学でそれをやろうとしたら事務員が過労死してしまうだろう。
とはいえ、授業ごとの自分の指定席は大体決まってくるものだ。俺もつまらない授業は後ろの方で半分聞き流すし、単位の落とせない授業は真ん中より前でノートをとるようにしている。
でも彼女は、どの授業でも必ず窓際の後ろから2列目だ。
たまたま彼女の真後ろに座ったことがある。彼女をそんなに近くで見たのは、それが初めてだった。
彼女は後ろの方に座っているわりに真面目にノートをとっているようだった。
白いブラウスの背中に流れる髪は、焦げ茶色でつやつやしていて、彼女が身動きする度に微かに揺れた。
ときどき彼女は窓の外を眺めた。俺はその度に、眩しそうに細める彼女の瞳を見ていた。初夏の日差しの中、長いまつ毛が光っているようだった。
授業が終わると彼女は素早く片付けて席を立った。俺もつられるように立ち上がった。姿勢よく座っていたのでわからなかったが、思ったより背が小さかった。
隣で友達がふと「あの子かわいいな」と言ったのでどきっとしたが、そいつが見ていたのは全然違う子で内心ほっとした。
俺は、教室を出ていく彼女を目で追いながら「そうかもな」と答えた。
それ以来、彼女の後ろに座る機会はなかった。同じ授業も3つくらいしかとっていない。
今日も彼女の真後ろの席は埋まっていた。仲のいい奴がいない授業なので、自分で勝手に席を選べると思っていたのに、少し残念だった。
が。机は3人掛け。彼女の右2つの席はあいている。
その2つの空席を見た瞬間、俺は彼女の声を聞いてみたいという衝動にかられた。
思いつきが唐突すぎてためらう間もなく、俺は彼女の右側の通路から声をかけていた。
「すいません」
ノートを見ていた彼女は驚いて顔を上げた。正面から見ると、意外と目がぱっちりしているなと思った。
「ここ、いいすか?」
なるべく平静を装って言った。
彼女はふわっとした笑みを浮かべて、「どうぞ」とだけ言ってノートに視線を戻した。
彼女の笑った目は、窓の外を眩しそうに眺める時と同じだった。それが自分に向けられたことを密かに嬉しく思いながら、空席を1つ挟んで、彼女の右側に座った。
彼女が好きだと初めて自覚した瞬間だった。
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