*下駄箱・呼び声・紙袋

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 2月14日を意識してるのは女より男の方だと、俺は思う。 「で、祐介は?」  ぼーっと弁当を食べてた俺は「は?」と聞き返した。 「チョコだよ。何個貰った?」  友達が箸で俺を指して言った。 「あぁ。マネージャーからお情け1個ずつ」 「やっぱな…俺も。毎年変わんねーな」  去年も別の友達と似たような話をした気がする。 「でもいいよな。祐介はもう1個じゃん」 「は?なんで」 「佐原だよ。去年も貰ったんだろ?」  佐原真希は幼なじみで、小3の時から毎年チョコをくれる。 「…ま、義理ばっか何個貰ってもさ」 「バカ!佐原は本命じゃないんか」  俺は弁当箱の蓋を閉じて笑った。 「バカはお前。あいつはただの幼なじみ」  中高一貫校で、俺達の学年のほとんどは内部進学が決まっている。放課後は暇で、引退した部活に顔を出そうとしていると、呼び止められた。 「祐介!」  振り返ると、真希が小走りでやって来た。 「はい、これ」  差し出された水色の紙袋を受け取る。 「ん、さんきゅ」  これが俺達の普通のやりとりで、もう周りで冷やかす奴もいない。 「…どした?」  いつもはホワイトデーの請求をして去っていく真希が、まだそこに立っている。 「聞いたよ、美優に」  靴ひもを結ぶ手が止まる。 「…あぁ。それで?」 「今年もあげないって。誰にも」  汐谷は今年もチョコを誰にもあげないのか。数日前、真希にそんな不自然な質問をして、少し後悔していた。 「そか。変なこと聞いてわりぃな。じゃ…」 「欲しかった?美優のチョコ」  見ると、真希はいつになく真剣な顔だった。 「あほ」  その顔に、俺は笑って背を向けた。  部活を終えると、下駄箱の近くに誰かいるのが見えた。 「汐谷…?」  声を掛けると、びっくりしたように顔を上げた。 「瀬尾君」  グラウンドの照明だけが差し込み、汐谷の白いマフラーを照らす。 「部活だよね…お疲れ様」 「あぁ、うん」  汐谷から俺の顔はどんな風に見えてるんだろう。気になったけど、汐谷は俺の持つ水色の紙袋を見つめていた。 「…じゃあ」  俺から言った。 「うん、バイバイ」  汐谷は小さく手を振って歩きだした。  それから自分の下駄箱を覗き込んで、期待した自分が無性に恥ずかしくなった。  下駄箱に入っていたのは、自分の上履きだけだった。  こうして、今年のバレンタインも終わった。
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