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「今日はアイツの卒業祝いだ」
ベンチはいつもの商店街に来ていた。ベンチは決めていた。今日、ネネと別れを告げることを。いつまでも自分に頼っていたのでは立派な野良猫にはなれない。アイツはもう十分に強い。一人でもやっていける。ちょっと寂しくなるが、これもアイツのため。
飼い猫からの卒業だ。
「よし! 行くか」
ベンチはいつも通りの忍び足で、いつもと同じ魚屋さんに潜りこむ。目当てはタイ。いささか重いが、卒業祝いだ、ちょっとくらいがんばってやろう。
タイが置いてある場所は知っている。サンマの隣。ベンチはサンマをとる時と同じように、ゆっくりとタイの下までくると、ピョンとジャンプしてタイの尻尾に噛みつく。
「なにしてやがる!!」
タイをくわえ去ろうとした時、いつものおじさんに見つかってしまった。すぐさま走りだそうとしたのだが、思った以上にタイが重く、思うように走れない。
それでも必死にタイを引きずり、逃げようとする。
「逃がすか!」
おじさんは右手に持ったホウキでベンチを殴り飛ばした。甲高い声と共に、ベンチは吹き飛ばされた。すぐ横には泥だらけのタイが横たわっている。
さらにおじさんはベンチを蹴り飛ばすと、横に落ちていたタイを拾い上げ言った
「これでもう懲りただろ。二度と来るんじゃねぇぞ。ったく、せっかくの商品が泥だらけじゃねぇか」
おじさんはそれだけ言うと、お店の脇にあるゴミ捨て場にタイを放り投げ、お店の奥へと姿を消した。
先ほどまでポツポツとしか降っていなかった雨が、徐々に強さを増している。
ベンチはゆっくりと立ち上がろうとした。しかし、立った瞬間右後ろ足に電気が流れたような激痛が走った。だがそんなこと気にしてはいられない。今日はアイツの、ネネの卒業祝いだ。なんとしてでもタイを持ち帰る。
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