黒煙

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「雪、只今戻りました」 雪は春江を従えて高虎の待つ、宴会の場へとやって来た。 二人共血に濡れた服や防具は着けておらず、普段の着物を着付けていた。 雪の姿を見ると、高虎は安心した様に溜め息を吐いた。 何時までたとうとも高虎には雪が子供にしか見えないのだ。 「雪、怪我は無いか?」 「御義父上……私は子供では有りませぬ。それに、私の背は春江が守っておるのですよ?」 高虎は頷く。 雪に春江を護衛として着けたのは紛れも無く高虎だ。 忍びの、それもくのいちの中で春江は絶対的な強さを誇っていたのだ。 だから同性である事も考えて雪に春江を着けたのだ。 雪程の美しく気高い女はどんな輩に狙われるか解らない。 そう、高虎の主君。 あの徳川家康ですら雪を側室に迎えたがっている。 高虎は雪の様な聡明な女が、側室等とは口惜しすぎる…と思ったのだ。 だから拾い子で親のいない雪を養子として藤堂家に迎えたのだ。 少なくともこれで皆は下手に手出しは出来なくなった。 藤堂家の姫君に手を出す者として有名になる事は、武門の恥だからだ。 しかし思い切り雪に直接想いを伝える程の勇者もいなかった。 それは雪の瞳に理由があったのだ。 彼女の瞳は、ただ一色の漆黒だった。 まるで、全てを呑み込むかの様な漆黒だけ。 その瞳に求愛する者は畏怖を抱いてしまうのだ。 美しいが、それが恐ろしい。 今までも求愛者が多かった雪だが歳を重ねるにつれ更に男達からの求愛は増えた。 「そうだ、雪。またお前にきゅ「お断り致します」……そうか」 高虎が言い切る前に雪は刀で斬るかの様に応えを告げる。 それを咎める事無く高虎は書状を破り去った。 「お雪様、何時もながらお見事でございますな」 春江が笑みを浮かべた。 そう。 これが何時もの藤堂家の日常であった。
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