黒煙

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雪にとってこの生活が一番幸せだった。 自分がいて、高虎がいてずっと仕えてくれている春江がいる。 藤堂家の養子とされた雪を憐れむ奴等は吐いて棄てる程いるが、雪は不幸せなどは微塵も感じていなかった。 むしろ、この生活以外の物の方が恐ろしい。 ずっと藤堂家のために尽くしたい。 雪の願いはそれだけだった。 しかし、雪と藤堂家を捲き込んだ歯車は――静かに狂い始めていたのだ。 「お雪様、お雪様は誰とも婚姻を結ばないんで?」 仕えている主、雪と二人きりになった春江は先程の態度とはうって代わってため口で話し掛けてきた。 「私は男になんか現は抜かさない。藤堂家が私の全てだから」 幼かった二人は何年たとうとも主従では無く姉妹の様な関係だった。 「堅苦しいなぁ…今日会った、あの豊臣の二人なんかは?」 春江が胡座をかいて人差し指をぴんと立てて言う。 雪の脳裏に大柄な男と、その主である小柄で綺麗な顔の男の顔が浮かんだ。 「石田殿と、島殿って言ってたわね……」 あの島左近という男は強そうだった、と付け加えて。 春江は口角を吊り上げて雪に問い掛けた。 「お雪様はどちらが好みでしたか?」 それは、とても嬉しそうに。 雪は軽く溜め息を吐いた。 「あのね。私は男なんて興味無いと言ったの聞いていたわよね」 正座し、机に向かって書物を読む雪は再び溜め息を吐いた。 「例えばの話!例えばどっち?」 雪は書物から視線を上げ宙を少し眺めて考えた。 どちらかと言えば――…… 「私だったら…島左近殿ね」 僅かに頬を染めて雪は言った。 その姿に春江が驚いた顔をしていた。 「えッ……島って…あの大柄な人?!」 「強そうだったでしょう?この戦国乱世、あんな方と共に戦に立てたら私は本望ね」 雪の言葉に春江は「馬鹿な事を聞いたな…」と、項垂れた。
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