我が名は…

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内浦湾を望む山麓に陣を張るのは、民族が「シャモ」と呼ぶ和人の一団であった。 幕府松前藩の前線部隊として出兵した彼等は、幾つかの小隊に別れ、箱館(現在の函館)から北上 し、途中各地に散らばるチャンを攻めながら、この「ウス」までたどり着いていた。 「なあ、お前おかしいと思わねえか?」 陣から少し離れた場所で見張りについていた二人の足軽の片方が聞いた。 「何がだ?」 聞かれた方は、あたりを見回しながら聞き返した。 「ここに来るまでに幾つかチャンを落としたけど、みんなすぐに投降してきたべ?俺達何と戦ってるんだべ?なあ耕三。」 「アイヌ族だ。」 『耕三』と呼ばれた男は、相変わらず周囲に気を配りながら答えた。 「それだよ、それがわからないんだよ。あいつらそんなに悪い奴らじゃあないべ?魚だって多めに捕ったりしないし、俺達と仲良くやってきたべ?なんで今奴らと戦(いくさ)すんだべか。」 「知らん。」 「おいおい耕三さんよぉ、俺達みたいな漁師までかりだして、こんな恰好させてぇ、おっかしいと思わねえんだべかなぁ。」 「うるさい、新佐!見張りにならんだろう!」 「う、うるさいとはなんだ!」 新佐の語調が荒くなった。 「だいたい耕三はよ!話しの時なんでこっち見ねぇんだ!?相手の目ぇ見て話せっておっ父は言ってたぞ!」 耕三は呆れて言った。 「お前を見てたら、見張りにならんだろうが!」 この二人は、今回の「アイヌ族征圧」にかりだされた、江差方面の漁師であった。共に24~5才であろうか。もちろん戦の経験などあるはずもなかった。 ため息をつきながら、耕三が何気なく山あいに目を向けたその時、彼の視界に異様な光景が飛び込んできた。 「…新佐…あれ…なんだ?」 新佐は、耕三の指さす方を怪訝そうに見た。 「…!!熊だ!耕三!」 「まっ、まずいぞ!こっちに来る!」 これほど大きな熊がいるのか、と思う程巨大なヒグマが、山の斜面を駆け降りてきていた。もうその恐ろしい地響きが聞こえていた。 「耕三!逃げるべ!!」 「誰か乗ってる!熊の背に人が乗ってるぞ!」 「……!!ア!アイヌ族!!奇襲ーっ!!!」 暮れかかる内浦湾に、巨大なヒグマの咆哮が響いた。
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