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…2008年、遅咲きの桜が芽吹きはじめた北海道日高町。
太平洋に注ぐ静内川の上流に二人の男女の姿があった。
二人は、地図と周囲の風景を見ながら、何か言い 争っていた。
「ほらーっ!やっぱ違うじゃん!」
女の方が口を尖らせて言った。
男の方は困ったように頭を掻いていた。
「まいった、迷子だ…」
「良太ぁ!」
男の名は浦崎良太という。去年、札幌の大学を卒業した後、就職難の影響をまともに受けたフリーターである。歳は23。これと言ってスポーツをしている訳ではなかったが、細身のわりに筋肉質の体は大概の運動を平均以上にこなしていた。
隣にいる幼なじみの片桐敦子に、「ぶらぶらしてるなら手伝って!」と、なかば強引に引っ張り出されたのは、3ヶ月前の事だった。
敦子は、良太のひとつ下の学年ではあったが、誰が見ても敦子の方がしっかりとしていた。自分の通う大学で、「アイヌ文化」を研究しながら、教授の要請を受け、こうして現地まで出向く事もしばしばだった。
「どうして北に向かってたのに、西に出るかなぁ!?」
敦子の怒りはおさまらない。
良太は頭をポリポリ掻きながら笑った。
「まったくだな、アッハッハ!」
「もうーっ!」良太にとっては、怒っている敦子を見るのも楽しい時間だった。
「車まで戻ろっか敦子。やり直しだ。」
無駄に歩いた時間を返せと言わんばかりに、敦子は良太を睨んだ。だが、二人しかいないのに喧嘩をしても仕方ない…そう思い直し、良太の後ろからついていくのであった。
…いつもこうだ。マイペースなんだか、何も考えてないのか。だから就職の面接会場にも着かないんだ…
心の中で良太に文句を言っているうちに、敦子は無性に可笑しくなっていた。
「ねぇ良太、最後の面接だっけ?途中で帰ったの 。」
「なんで今その話?」
「もし受かってたら、今こうしてないだろうなって思ってさ。」
良太は、歩みを止めずに答えた。
「辞めてでもこうしてるさ。」
「…。ふ~ん、そっ。」
良太の背中を見ながら、敦子はまんざらでもなかった。
「途中で帰ってなくても、受かってないよ。万が一採用されても、きっと断ってた。……俺の場所じゃあないんだ、きっと。」
…俺の場所じゃない…、変な言い方だな、と敦子は思った。
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