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それから暫く経った霜月三日。
「夜分遅くに申し訳ありませぬ」
皇子の屋敷にある男が訪ねてきた。
「左大臣蘇我赤兄でございます」
「左大臣のそなたがわざわざ私などの所に訪ねてくるとは、どうかしたのか?」
赤兄は周りをぐるりと見回すと、声を落とした。
「早速ですが、人払いを」
皇子は首を捻ったが、言われた通りに他の者を退室させた。
「一体、どうしたというのだ?」
「貴方様に皇位に就いていただきたいのです」
赤兄は事情を簡潔に述べた。
「嫌だ。皇位は継ぎたくない……」
「貴方様でなくてはならないのです。貴方は先帝の皇子。皇太子様とは違い、直系ですぞ。元はと言えば、貴方様こそ帝に相応しい御方なのです」
「嫌だ……」
「お願いにございます」
「嫌だと言うておる。天皇など真っ平だ」
そうだ、父上は天皇になったが故に亡くなった。
皇位になど就かねば、今も生きていたやもしれぬというに……。
それに──。
「これでも、ですか?こ──」
「どんな理由があろうとも、私は皇位には就かぬぞ。大体、皇太子様がおられるというに──」
それに、父上の遺言もある。
父上は皇太子様の即位を望んでいた。
「皇太子様と帝の政治に皆がたいそう苦しんでいたとしても、ですか?」
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