18人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
数日後、青年は牟婁温湯の景勝を土産話に都へ帰ることにした。
途中で磐代の浜(和歌山)に立ち寄る。
皇子は、心地よい潮風に目を細めた。
浜の松の緑、砂浜の白、大海原の青──。
三色の対比が美しい。
暫し砂浜に腰を降ろし、海を眺めてみた。
空に、海に、浮かんで揺れる鴎。
その甲高い鳴き声が響く。
穏やかだな……。
背後に目を向けると、松林。
少し肌寒い風にそよそよと靡いている。
温湯とはまた違い、皇子はまた癒された。
「さて、そろそろ帰るとするか」
立ち上がって着物に付いた砂を叩(ハタ)き落とすと、皇子は再び都を目指して歩いていった。
穏やかな風に吹かれ、本当は狂人ではなかった皇子の心の言葉では言えぬ小さな小さな蟠(ワダカマ)りが本当に消えていった気がした。
最初のコメントを投稿しよう!