第一話 椎葉

8/19

18人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
658年、神無月。 「お気に召されると光栄です」 皇子は、牟婁温湯への出発を明日に控えた天皇と皇太子に面会していた。 「お前は行かないのか?」 今から嬉しそうにする母を尻目に、皇太子が皇子に問う。 「ええ。私ばかり休むわけには参りませぬ故」 「そうか」 つまらなそうに返事する皇太子から天皇に目を移す皇子。 天皇は終始笑顔だ。 「さぞかし綺麗な場所なのだろうな……」 「母上、明日が出発なのですからしっかりして下さいませ」 「葛城は煩いねぇ」 溜め息をついて皇子に同意を求める天皇。 皇子はそれを見て苦笑いした。 そして、天皇に平伏して言った。 「くれぐれもお気をつけて」 帰路につく途中、皇子は思った。 もう一度、行きたいものだ。 ──いや、此度(コタビ)でなくとも、また行けばいいか。 皇子は知らない。 この願いが、違う形で叶うということを。 そして、その影が刻一刻と迫っていることを。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加