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658年、神無月。
「お気に召されると光栄です」
皇子は、牟婁温湯への出発を明日に控えた天皇と皇太子に面会していた。
「お前は行かないのか?」
今から嬉しそうにする母を尻目に、皇太子が皇子に問う。
「ええ。私ばかり休むわけには参りませぬ故」
「そうか」
つまらなそうに返事する皇太子から天皇に目を移す皇子。
天皇は終始笑顔だ。
「さぞかし綺麗な場所なのだろうな……」
「母上、明日が出発なのですからしっかりして下さいませ」
「葛城は煩いねぇ」
溜め息をついて皇子に同意を求める天皇。
皇子はそれを見て苦笑いした。
そして、天皇に平伏して言った。
「くれぐれもお気をつけて」
帰路につく途中、皇子は思った。
もう一度、行きたいものだ。
──いや、此度(コタビ)でなくとも、また行けばいいか。
皇子は知らない。
この願いが、違う形で叶うということを。
そして、その影が刻一刻と迫っていることを。
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