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「この後何食べたい?」
俺の両肩に手を置き、唐突に父が話かけてきた。
「う~ん。何か暖かいのがいいな!」
「じゃあ母さんに内緒でラーメンでも食べに行くか!!」
「うん!!」
俺は父の満面の笑みを見ながらそう応えた。
幸せだった。
何もかもが……。
とその時、何故か。
何故か分からないが、唐突に父の時計に目を奪われた。
なんの装飾もないシンプルな腕時計――。
その白い文字盤を進む時計の針が――
俺の目の前で――
唐突に――
停まった。
12時34分56秒。
その時、全世界の時計がその時を刻むのを辞めた。
「――父さん!」
「ん?どうした?」
「――時計が壊れちゃったよ?」
「え?なんで――」
父は次の句が告げなかった。
時計を見ようと動かした目線の先に何かを見たせいだった。
「――どうしたの父さん?」
突然驚愕の表情で目を見開いた父に、俺は一抹の不安を覚えた。
出てきた言葉は自然だったろう。
だが――
その時になって、初詣の客たちの中にもそれを見止める者が続出した。
方々で挙がる驚愕の悲鳴と息を呑む声――。
中にはケータイでそれを撮影する者もいた。
「ねぇ!!父さん、どうしたの?」
やっと俺の声が届いたらしい……。
父は俺の顔の高さまで目線を下げると、俺の頬を両手で優しく包みこんだ。
「いいか?よく聞くんだ!!今から父さんはお前を抱えて走るから、ぜったいに目を開けるんじゃない!!分かったな?」
いつも優しげな顔に言い様の知れない不安と恐怖、そして真剣な表情が張り付いている。
「分かったけどどうし――」
「――けどじゃない!!ぜったいに目を開けちゃダメだ!!」
父のそんな一面を垣間見た俺には、残りの思考力なんて物は皆無だった。
ただ呆然と立ち尽くす俺を、父はその大きな腕に抱きしめた。
「――よし。父さんが3秒数えたら目を瞑るんだ。開けちゃダメだからな。」
「うん……」
「よし。いい子だ」
そう言って父は大きな掌で俺の頭を優しく撫でた。
「――行くぞ。きちんと掴まってるんだぞ。3……2……1」
俺は父が1を数えた瞬間、ギュッと瞼を閉じた。
その瞬間、父は勢いよく立ち上がると、人混みをかき分け走り出した。
まるで恐ろしい“何か”から逃げるように……。
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