序章 黙示録 Apocalypse

3/4
99人が本棚に入れています
本棚に追加
/85ページ
「この後何食べたい?」 俺の両肩に手を置き、唐突に父が話かけてきた。 「う~ん。何か暖かいのがいいな!」 「じゃあ母さんに内緒でラーメンでも食べに行くか!!」 「うん!!」 俺は父の満面の笑みを見ながらそう応えた。 幸せだった。 何もかもが……。 とその時、何故か。 何故か分からないが、唐突に父の時計に目を奪われた。 なんの装飾もないシンプルな腕時計――。 その白い文字盤を進む時計の針が―― 俺の目の前で―― 唐突に―― 停まった。 12時34分56秒。 その時、全世界の時計がその時を刻むのを辞めた。 「――父さん!」 「ん?どうした?」 「――時計が壊れちゃったよ?」 「え?なんで――」 父は次の句が告げなかった。 時計を見ようと動かした目線の先に何かを見たせいだった。 「――どうしたの父さん?」 突然驚愕の表情で目を見開いた父に、俺は一抹の不安を覚えた。 出てきた言葉は自然だったろう。 だが―― その時になって、初詣の客たちの中にもそれを見止める者が続出した。 方々で挙がる驚愕の悲鳴と息を呑む声――。 中にはケータイでそれを撮影する者もいた。 「ねぇ!!父さん、どうしたの?」 やっと俺の声が届いたらしい……。 父は俺の顔の高さまで目線を下げると、俺の頬を両手で優しく包みこんだ。 「いいか?よく聞くんだ!!今から父さんはお前を抱えて走るから、ぜったいに目を開けるんじゃない!!分かったな?」 いつも優しげな顔に言い様の知れない不安と恐怖、そして真剣な表情が張り付いている。 「分かったけどどうし――」 「――けどじゃない!!ぜったいに目を開けちゃダメだ!!」 父のそんな一面を垣間見た俺には、残りの思考力なんて物は皆無だった。 ただ呆然と立ち尽くす俺を、父はその大きな腕に抱きしめた。 「――よし。父さんが3秒数えたら目を瞑るんだ。開けちゃダメだからな。」 「うん……」 「よし。いい子だ」 そう言って父は大きな掌で俺の頭を優しく撫でた。 「――行くぞ。きちんと掴まってるんだぞ。3……2……1」 俺は父が1を数えた瞬間、ギュッと瞼を閉じた。 その瞬間、父は勢いよく立ち上がると、人混みをかき分け走り出した。 まるで恐ろしい“何か”から逃げるように……。
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!