山ノ中ノ闇

7/7
18321人が本棚に入れています
本棚に追加
/262ページ
卓哉の叫び声に振り向く草汰。 あたしは卓哉に駆け寄ろうとして、足を止めた。 ……あれは……なに? 膝が震える。 そのまま崩れ落ちそうになるのを必死に踏みとどまった。 声が出ず、空気ばかりが喉の奥から漏れる。 草汰は身動きできないあたし達をじっと見つめたまま、冷ややかに笑った。 人をわざと不快にさせるような笑み。 いつもの彼からは想像ができないその態度に、少なからずショックをうけたあたしは、草汰の顔から目線を外した。 草汰の手元辺りの、卓哉が悲鳴をあげたそれ、を見る。 草汰が手にしていたものは…… 切断された人の頭、だった。 口からガチガチという歯のぶつかりあう音がする。 その音で自分が震えている事がわかった。 見たくないのに目がそらせない。 顔は見えないが髪が長く、女性のようだ。 (まさか…… 本物じゃないわよね……) そう思うのに、体は動かない。 心臓が痛い。 今、あたしを支配しているのが『恐怖』だからだ。 さすがに直視し続ける事ができずに、草汰の足元に目線をずらす。 だが視線の先には、かつてひとつであったろう女性の肉体が、ばらばらになり転がっていた。 手、足、胴体、下腹部…… それらが全て赤い液体の中、乱雑に積み重なっていた。 熱いものが込み上げてきて、思わずしゃがみこむ。 卓哉も恐怖に支配され動けず、草汰の前に立ち尽くしていた。 なんとかしなくては。 そうは思うが…… なにをしたら? 混乱する頭で再び草汰を見た。 こちらを観察するような、なんの感情も籠もらない目。 口端だけを歪めた微笑み。 その目は赤く光って見えた。 地面の赤と草汰の瞳の赤。 突如、頭がくらくらとしてきて、目の前が白く霞みがかってきた。 自分の意識が遠退いていくのを感じ…… そのまま手放した。
/262ページ

最初のコメントを投稿しよう!