155人が本棚に入れています
本棚に追加
10月末、退院して約1ヶ月後に、洋介は仕事に復帰した。
この1ヶ月間、洋介は毎日のようにリハビリに通ったが、留美には一度も会うことがなかった。
洋介は何かしっくりこない胸のつかえと、晩秋を漂う切ない片想いに、力の抜けた日々を送っていた。
留美…あいたいなぁ
そう言えば、退院の日…出て来てくれんかったなぁ
俺の中じゃ…特別な存在だったのに
でも、なんと言っても人妻やけんねぇ
洋介はこの歳になって再び訪れた、胸の奥がもぞもぞする様な切ないときめきに、苦笑いやらため息やら、若きし頃の…まるで思春期に戻ったかのように、落ち着かない気持ちを抱いて、家路につく車のハンドルを握っていた。
左手に空港が見える。
あの日と同じ時間だ。
留美の友達…忍、29歳という若さで…死ぬに死にきれないだろう。
俺の記憶さえ確かなら、犯人を捕まえられるのに。
洋介の苛立ちは踏み込む力に反映し、おのずとスピードは増していった。
あの日の…あの場所
「ん?……ひと?」
白いワンピースの「忍」が叩きつけられた支柱の下に、過ぎて行く車達のヘッドライトに照らされ、なんと!佇(たたず)む人影がくっきりと浮かび上がっていたのだ。
洋介は、一瞬にして過ぎ去った人影を、進む車の窓から首を出して目を見開いていた。
「なに?留美!?」
そして路肩へ急停車し、気付いた時には既に洋介は走り出していたのだった。
「留美ちゃんっ!」
洋介の叫び声に振り向いたのは、白いワンピースを着た…まさに留美だった。
最初のコメントを投稿しよう!