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「しっかりね!」
試験会場まで送ってくれた母はそう言った。
「うん。普通に頑張るよ」
「普通以上に頑張りなさいよ」
母は少し呆れたように言った。
「これから試験だっていうのにわざわざプレッシャー与えないでよ、母さん」
「そうね、悪かったわ。じゃあ、もう行くから。帰りは?」
「大丈夫だよ、一人で帰れる」
「そう。じゃあね」
「母さんこそ、仕事しっかりね」
母はスーパーでパートの勤務をしている。
僕が歩き出すと母の車も去っていった。
母には言えなかったが、朝起きてから身体がだるい。
風邪ではないと思うけれど、集中力は途切れやすい感じだ。
それもこれも昨晩のことのせいだろう。
あの声はいったいなんだったのか?
きっと寝ながらそれを考えていたに違いない。
ぼーとした頭で歩いていたせいで、人影にも気付かずぶつかってしまった。
小さな呻き声を漏らして倒れた女の子。
「ごめん、ぼーとしてて…」
助け起こそうと片手を差し出し、彼女を見た。
黒髪は長く、細身で眼鏡をかけた、清楚なイメージ。
「私のほうこそごめんなさい」
彼女は謝りながら僕の手を掴む。
その瞬間、僕はドキドキした。
<……か。かわいい…>
「あの…それでは」
僕の気持ちも知らず、彼女は駆け出していってしまった。
「………あ」
彼女のいた所に紙きれが落ちていた。
拾ってみると受験票だった。
「コレ…ないとまずいよな」
僕は慌てて彼女を追おうとしたが、見当たるはずもない。
とりあえず受験番号と名前を確認する。
アカツキ ヒカリ
「暁 陽光……か。まるで太陽みたいな名前だな」
僕はそう呟いて、遠縁の従兄弟の事を思い出した。
彼は神様みたいな名前だった。
書かれた番号の教室まで行くが、その番号には違う受験生が座っていた。
僕は時間ギリギリまで彼女を待ったが、現れなかった。
どういうことだ?
そもそも、誰かと同じ受験番号なんて有り得ない。
受験する気がなければ、試験会場なんかには来ないはずだ。
彼女は同じ番号を持つ人がいると知って、受験を諦めたのか?
諦める必要なんかないのに。
諦めていないならどこに行ったんだ?
試験中、僕は彼女が現れなかった理由を考えていた。
彼女の事を思い出し、胸ポケットにしまった彼女の受験票を服の上から握る。
瞬間的に目の前が白くなる。
僕はそのまま机に突っ伏した後、床に倒れ込んだ。
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