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「──…先生?」
「え?」
柊一が我に返ると、藍はにやにやしながら見つめていた。
「早くレッスン、始めてくださいよ!」
「あぁ、ごめん」
柊一は箏の前で立ち尽くしていたが、藍の一言が彼を現実世界へ呼び戻した。
「大学時代の友人から曲を委嘱されていて、寝てないんだ」
柊一の家で、藍と向かい合ってレッスンをしていた。いつもレッスン場所はこの12畳ほどの部屋だ。陽はとうに暮れてしまって、半開きの窓から夜風が流れ込んできた。
何か理由があって立ち上がったのだが、しばらくぼんやりしていたので立った理由をわすれてしまったらしい。仕方なくそのまま窓を閉めに歩いていった。藍は挙動不審な柊一をじっと見ていた。
「だめですよ、ちゃんと寝なくちゃ…」
柊一は言葉を返さなかった。窓に手を置いて、またぼんやりしているようだった。
細い腕と足が頼りなげに見える。何だかとても小さく感じて、まるで少年の姿を保っているようだった。
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