魔物の森

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目の前で起きた急激な紙の流れに少し驚く。 悪戯な夏の青い風が、読んでいた本を勝手に数ページ先までめくってしまったのだ。   私は苦笑し、読んでいた本を閉じて立ち上がった。 木洩れ日を灯りに読書をするのが私の楽しみなのだが、やはり風の強い日は読書に向かない様だな……。       ここは、山間に隠れる様に存在する、名も無き村の更に外れ。 村に属していると言って良いのかすら危ぶまれる場所である。   村人全員の許可を取り、そして家を建て、私はそこに住まわせてもらう事に成功した。   なぜその様に面倒な手順を踏まねばならなかったのか。 それは私が魔物だからだ。 人間にとって私は、その存在自体が脅威となってしまうのだ……。   ――それは本来ならば到底叶わぬ要求だったであろう。 その要求を村人に呑ませる為に、私は友人の助力を請わねばならず、更に二つの条件を提示せねばならなかった。   一つ、村人の利益を侵害しない。 一つ、排除要求には従う。   いかにも不平等だが仕方あるまい。脅威と隣り併せに生活する不自由に比べれば、私の感じる窮屈さなど大した事では無いのだ。 そして許可を得たとて、受け容れられたわけではない。 許可はあくまで許可でしかなかったのだ。 私は村から外れた森の中にひっそりと建てられていた小屋に住む事しか許されず、村に立ち入る事は暗黙の内に拒絶されていた。 だが私は魔物だ。 しかも『吸魔』と呼ばれる稀少種であり、魔力を糧に存在するため食事を必要としない。 それゆえ不都合は無かった。 する事と言えば読書のみ。 それ以外では、時おり本を購入するためにこの国の王都へ出掛ける程度だからである。 この王都には、私の昔の旅仲間が近衛隊長として働いている。 共に旅をしていたのは三十年程昔の話なのだが、今でも仲が良く、たまに会っては愚痴を聞いている。 この村の住民達を説得したのも彼である。 自身の地位の高さを全く利用せずに、その愉快な人間性を駆使しつつ熱心に説得してくれた。 その甲斐有り、私はこうしてかれこれ十年もここに住み続ける事が出来ているのだ。 彼には、アレクには、感謝してもし切れない程である。 ささやかとは言え、静かで落ち着く事の出来る居場所を私に与えてくれたのだから。 いつか、アレクにはこの借りを返さねばなるまい。
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