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この私の生活には、実は矛盾点が存在する。
村人の利益である所の精神的平穏を侵害しているにも関わらず『村人の利益を侵害しない』と約束している点である。
これは解釈論の問題でも有り、村人の生活と密接に関係する物理的な利益を侵害しない限り契約違反にならない事になっているのだ。
よって私は、村人と遭遇しそうになると私の方から身を隠すのが鉄則となっていた。
……しかし最近困った事態になりつつある。
『村人と遭遇』とは言うものの、そもそも村人達は私が住む小屋の周辺には近寄らない。
家一軒分程の高さの崖の上に、孤立して存在する小さな森。
私の住むそこは『魔物の森』として立ち入りを禁じられているが故である。
だが、禁じられている場所というものはしばしば興味の対象となる定めらしい。
崖の上に有るこの土地に、ここ数週間頻繁に人間が侵入して来るのである。
目的は――窃盗。
こちらが手出しせず、姿すら見せない事に味を占めたのか、その頻度は日を追う毎に増加していた。
……またか。
どうやら今日も来た様だ。
小さな窃盗団達が――。
「なあ、居るか?」
「……今日も居ないみたいだよ」
木で出来た小屋の扉が静かに開かれる。そこから二人の少年が顔を覗かせた。
恐る恐る小屋内を見回す二人の目は、人の気配が無い事を確かめると安心した様に一瞬閉じられ、嘆息と共に見合わされた。
「ねぇ、帰ろうよぅ……」
そこへ声が掛けられる。
扉の向こうに居る為姿が見えないが、二人の少年のさらに向こうから少女の声が聞こえた。
少年達が何かを払う仕草をした事から、服の裾でも引っ張っているのであろう。
「ニーナ、恐いなら帰れ」
「嫌だよ、恐いもん……。
お兄ちゃんも一緒に帰ろう?」
どうやら少年達の内、左に居る体が大きい方と少女は兄妹らしい。
少女がここへ来たのは初めてだが、少年達はここ最近良く見かける子達だ。
この二人、最初は森に入って来るのにも恐る恐るであったのだが、段々と大胆になって行き、先日は小屋から小物を持って帰ってしまった。
営利目的では無く、戦利品や勲章に近い位置付けなのは分かるのだが、盗られる側から見ればただの迷惑行為である。
かと言って、驚かせて逃げ出し、崖から落ちでもしたら一大事。
その無邪気な窃盗団の対応に、私は戸惑っているのだ。
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