201人が本棚に入れています
本棚に追加
何という事態。
想定外にも程がある。
まさか『私自身』が盗まれるなどと誰が予想するであろうか……。
私は少女のポケットの中で困惑していた。薄手の生地が日光を透過するため中は意外と明るい。時折確かめるように手を布の上から押しつけている所から見て、私は彼女に気に入られてしまったようだ。
何とか彼女が手放すよう仕向けなければ、私はずっと少女の宝物入れに居なければならなくなるであろう。
正体を明かすべきであろうか?
いや、それは時機が難しい。もし反感を買うような事があれば私はまた放浪せねばならなくなるのだ。
私が困惑している間に少女は無事崖を降り、少年達と会話しながら村へと向かっているようだった。とりあえずは怪我をする事無く帰宅できて私も安心だ。
聞こえて来る会話は戦利品についてばかりであった。やはり彼らは営利目的では無いようである。よって盗まれた物をわざわざ取り返そうとは思わないが、出来ればこれからの被害は未然に防ぎたいものだ……。
「お母さんただいまー!」
木製の扉を開ける軋んだ音がした後、少女の声が響く。どうやら家に辿り着いたらしい。
私としては監獄に連れて行かれた気分である。日差しが途絶え、暗くなったポケットの中が私の憂いを表しているように感じた。
「あらニーナ。お兄ちゃんは一緒じゃないの?」
少し遠くから女性の声がした。恐らく母親であろう。声はまだ若々しく、少年より年上の子は居ないのではないかと推測される。
「んー。お兄ちゃんはもう少しあそんでから帰るって言ってたよ」
「あら、そう? 夕飯までに帰って来ると良いんだけど……」
少年は門限に遅れがちなのであろう。そう母親は呟くと何らかの作業を再開する。物音から推測するに夕飯の支度であろうが。
少女は小走りでどこかへと向かい始めた。ポケットの中が小刻みに揺れ、私は危うく外へと飛び出しそうになる。
――待て。
これは逃げ出す好機ではないのか? 今私がポケットの中から居なくなっても、少女は無くしただけと判断するに違いない。
私がそれに気付き早速行動に移そうとした時、残念ながら少女の動きが停まった。目的の場所に到着したらしい。
失われた好機に私は溜め息を吐こうとして思い直す。
今の体は溜め息を吐ける構造をしていなかったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!