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陶器の様な白さに縁取られた、曇りの無い黒目が私を見詰める。
少女の頬は弛み切っており、私を宝物と認定している事はもはや疑う余地が無い。
透明な球体である私を近付けたり遠ざけたり、または回転させてみたりと弄ぶのは良いのだが、私としては鑑賞されているため非常に居心地が悪い。
「綺麗だなぁ……」
やはり逃げ出すのは難しい様だ。
私としては、普段から眼球に依存した視界取得を行っていない上に、回転させられても人間の様に気分が悪くなる事も無いので、現状でも問題は無い。
だが、そういう次元の問題ではない事が問題である。
さて、どうしたものか……。
私が少女の為すがまま回転させられながら考えに耽っていると、この子供部屋に誰かが駆けてくる足音がした。
木の扉が乱暴に開かれ、誰かが飛び込んで来る。それが誰かを確かめる間もなく、私は暗闇の中に放り込まれた。感触からしてポケットであろう。
「ニーナ! 急いで支度しなさい! 魔物の群れが近付いているらしいの!」
それは母親の声だった。
いや、それよりも一大事である。普段は私が警戒網を敷き秘密裏に始末しているのだが、動揺の余り注意を向けるのを忘れていた。
今更ながらに感知の網を辿ると、この村から王都へ向かう道の途中に歪んだ魔力の持ち主を多数捕捉する。
――これは不味い。
よりによって王都に逃げる道を塞がれた。
村人が頼みとする援軍から遠ざかる逃走経路を辿らねばならない上に、下手をすれば援軍の要請すら困難であろう。
――この身が自由ならば一瞬で片付けてやる物を……。
内心歯噛みする私をよそに、母娘は手早く荷物を纏めて家を飛び出す。
「お、お父さんは!?」
「……分からないわ。でも、多分あの人なら戦いに行きそうね」
「大丈夫かな……お父さん」
「……祈るしか無いわ。ケインも無事だと良いけど」
不安そうな色を滲ませながら交わされる会話とは裏腹に、その足取りには迷いが無い。恐らく避難場所が決められているのであろう。
感知した情報によると、やはり王都とは逆方向の山に向かっている様だ。確かその方角には岩山が存在している。
石材の切り出し等に利用されており、隠れる場所には事欠かないはずだ。
ただし建物は無いため、襲撃して来た魔物が嗅覚に突出したものだった場合、残念ながら全滅も有り得る。
早く何とかせねば……。
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