禁断の記憶

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その場を逃げ出したい衝動にかられたが、その前に手首を捕まれた。 「…怒ってなどいません。ですから私から逃げないで下さい」 今傷つけたばかりの相手に、自分の心を気遣わせるなんて間違っている。 なのにその一言に、一縷(イチル)の救いを見つけてすがろうとする自分がいる。 「何があったのですか?」 少しの異変に気付き、朱羅がそう問いかけてくれた。 「…今…、凪の声がしたんだ」 「凪の声が…?斎秋人ではなく?」 「違う、秋兄じゃない。私のことを『姉上』と呼んだ。そんな呼び方をするのは凪しかいない」 あやめの言葉に、朱羅は少し黙した。 ---妙なことだ。 刀祢の時とは似ているようでいて、明らかに違う。 刀祢はあの時確かに封じられていて、あやめに救いを求めていた。 けれど、凪は今この世にあるものではない。 正確に言えば【凪の肉体】が、とうにこの世から消えている。 そして彼の魂は、斎秋人として既に転生を遂げているのだ。 仮に彼が無意識に救いを求めて呼んだとしても、それは斎秋人の声として届くのが普通だろう。
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