264人が本棚に入れています
本棚に追加
「不満とすれば、その答えだ」
おもむろに彼は雪花の手を取り、指先に唇を寄せた。
「…影明?」
「もう、凪とは呼ばないんだな」
瞬間、唇が掠め、指先は熱を孕む。
「雪花…。あなたは、あの約束をもう忘れたのか?」
「あの約束とは…常陸の国を出る前に、私がそなたに誓った事か?子々孫々まで、そなたの家を守るという…」
だが、影明は首を振る。
「違う。それよりも……もっとずっと昔のことだ」
「ずっと、昔の?」
「ああ。まだ俺が子供の頃、あなたを姫と呼んで慕っていた頃の話だ」
雪花の脳裏に、幼い凪の姿が浮かぶ。
葦の生い茂る野原。
透き通った泉の水の冷たさ。
懐かしい常陸の風の匂い。
葦の葉を掻き分けて走る凪の足音。
”いつかあなたより大きく、強くなって、必ず迎えにきます”
そう言って真っ直ぐに自分を見る凪に、雪花も一つ、約束をした。
最初のコメントを投稿しよう!