序章 胡蝶の通り名

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「武市(タケチ)か…!!」 武市瑞山(タケチ ズイザン)。 土佐勤皇党を結成し、尊皇攘夷に燃える男である。 既述の通り、吉田は守旧派に憎まれていた。 それに補足させて頂こう。 吉田は軽格の多い土佐勤皇党にも憎まれていたのだ。 勿論、武市も例外ではない。 吉田の言葉に何の返答もせぬ女。 肯定と捉えた吉田は渇いた笑みを浮かべた。 嘲っているようなその笑みは、最早誰に向けられたものなのか判らない。 女は吉田を見つめたまま。 吉田は、吼えた。 「思い通りになると思うな…!武市!!」 言い終えたその直後、吉田の首が空を舞った。 女は刀をおさめると、吉田の首まで歩み寄った。 首から血が滴り落ちなくなるのを待ち、それを風呂敷に包んだ。 そして、無表情で屍を一瞥すると、風呂敷を持ち、ゆっくり歩き出した。 「旦那。武市の旦那」 呼ばれた男―…武市は、月から襖へと視線を移した。 開け放たれた障子に片肘をついて凭れていた武市は、姿勢を戻すことはなく、そのまま口を開いた。 「殺ったか?」 それを合図にか、襖が開かれた。 入って来たのは言わずもがな、先程の女だ。 襖を閉め、女は風呂敷を武市の前に無造作に放り投げた。 重い音と共に転がった風呂敷。 その際、畳に血が飛び散ったのだが、気にする者はこの部屋には居ない。 「証拠」 武市はほくそ笑み、風呂敷を開いた。
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