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文久二年四月、土佐。
月が闇を照らす中、帯屋町の家路を歩いているのは吉田東洋(ヨシダ トウヨウ)である。
山内容堂(ヤマウチ ヨウドウ)の後嗣で、藩主である豊範(トヨノリ)に日本外史の講義をした帰り道であった。
彼は起用され、改革を行っている。
吉田は西洋兵器を用いた富国強兵を唱えるなど、開明的な政策を推進している。
彼の下に集まった人材は“新おこぜ組”と呼ばれ、中級家臣が多かった。
故に、上級家臣を中心とする守旧派に憎まれていた。
吉田は、不意に立ち止まった。
前方に人が立っている。
目を凝らして見ると、女だった。
前髪で右目が隠れているが、美しい顔立ちに思わず息を飲んだ。
長い後ろ髪は高い位置で一つに結ばれている。
袖が無く丈が短いという変わった着物を身に纏っており、首には大きな布が巻かれている。
その女に見とれるのは、すぐに間違いだと気付いた。
女は刀を腰にさしていたのだ。
刺客だ。
女はゆっくりと、吉田へ向かって歩き始めた。
吉田は刀に手をかけ、女を待ち構える。
刀一本分程の距離になった。
両者、動かず。
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