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この人は、私の夢だった。
夢も希望も、生活も充実していた、昔の私が作り出した、私の分身。
それが今は誰も来ない、鳥も来ない湖畔で一人で暮らしている。
季節も変わる事なく、太陽も出る事なく……。
何もかもが無気力だ。
「アリスさん、もう歌う気ないの?」
「え?」
「アリスさん、すごい綺麗な声してるし。充分通用するよ」
「私はもう、忘れ去られてるの。エイジでさえ、私からいなくなった」
「忘れてられたなら、もう一度覚えてもらえばいい!」
思わず、怒鳴り付けてしまった。
「一度落ちたら、はい上がればいい」
「どうやってはい上がるの? もう誰も、私を見ても相手にしない、歌っても誰も聞いてくれない」
「アリスさんが、変わらないからだよ」
すると少し驚いた顔で、私を見た。
「そうやって昔の思い出に浸ってばっかで、周りのせいにしてるから、いつまで経ってもここから出れない、寒がってばっかなんだよ」
アリスさんは下を向いた。
「歌うのがどうしても嫌なら、他の仕事探せばいいよ。アリスさん、紅茶いれるのうまいから、喫茶店開く為に修行に出てもいいと思う」
「……そうね、喫茶店もいいわね。そこで歌をうたって……」
「仕事でなくても、別の物でもいいよ。外に出て、やりたい事見つけてもいいと思う」
すると不思議そうに私を見た。
「ねぇ、なんでそんなに私の為に考えてくれるの?」
なんでだろう? あぁ、そうだ。
「アリスさんは、私の憧れだった。大人になったらあぁなりたいって、思ってた」
だから、こんな所に閉じこもってて欲しくない。
私の夢、憧れ、理想。
「確かに私、人を頼ってばっかりだったかも。だからエイジも、私の所からいなくなったのかな」
……だからあの人も、私が離れていったんだろうか?
私も、頼ってばかりだった。何をするにも、あの人が中心で、寄り掛かってた。あの人の事しか頭になかった。あの人以外の世界を持とうとしなかった。
だから私から離れていったんだろうか?
「でも駄目なの。ここから出れない。出ようとすると、何か大きい物が私を遮ってる気がして」
大きい物?
「何かは、分からない。物凄く足が重くなったり、吐き気がしたり……。車が動かなくなったり。何かすごい威圧感がして……」
威圧感。
遮っている物。
あぁそれは……。
私だ。
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