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現実
そしてまた、理解出来ない事が起こった。
隣のアパートと隔てている、コンクリートの壁。
いつもの見慣れた風景。
しばらく、呆然と立っていた。隣の部屋から出てきた人が、不審そうに私を見ている。
冷たい風が、頬を撫でた。
後ろを振り返った。昨日(?)の朝出た、そのままの家の中。
「……アリスさん?」
声をかけてみた。静まり返っている。
「アリスさん?」
返事はない。
「……まりな?」
玄関から見える、シンク。洗い終わったカップ。
……帰ってきたんだ。
自分の部屋を見ていた。
生活に必要な、最低限の部屋。別に問題は無いのかもしれないが、今の私の心情そのままだ。無機質極まりない。
一度深呼吸をして、勢いよく部屋を出た。
行くはずだった商店街を通り過ぎ、電車に乗った。
月曜日。
眼鏡をコンタクトにし、髪を染めてウェーブをかけ、白のボレロとタートルのツイン、グレーのティアードスカート、柄タイツにパンプスで出勤した私を、みんな訝しげに見ている。
「……辞表?」
部長はかなり驚いた声を出した。
「君が、辞表ねぇ……」
きっと辞める事さえ面倒臭がると思ってたんだろう。確かにそう思っていた。ただ義務だけで出社していた。
昨日、一晩考えて出した結論だ。もうここには、私の居場所はない。
作るなら、別の所がいい。心機一転してゼロからやり直そう。
このご時世、会社は辞める人を止めはしないだろう。まして私はさしてたいした仕事はしてこない。
私は完全に、ここには必要のない人間なのだ。
「では、これで。午後から有休取ります」
呆然としている部長を後に、さっさと机を離れた。ここにはもう用は無いのだ。
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