現実

3/3
前へ
/187ページ
次へ
 気のせいか、足取りが軽い。  周りの景色も、いつもと違って見える。  こんな所に花屋があったんだ。今までは目もくれなかった。  平日だけど、人がたくさんいる。あぁそうか、学生は冬休みか。いいなぁ。  今日の夜、学生時代の友達に電話してみよう。みんな何してるかな。  この角を曲がると、あの喫茶店だ。ケーキも美味しかったなぁ……。  何より、あのマスターに会いたい。  カップもコップも、鏡も可愛かったな。アクセサリーも綺麗だったな。  勢いよく角を曲がって、立ち止まった。  最近、道の真ん中に呆然と立つ事が多い。これで何回目だろう?  ……いつも通ってる、レンタルビデオに行く道。  あの時もこの角を曲がって、あの店を見つけた。  ……ない。  ビルの壁。  どういう事?  一人で立ち尽くしていると、作業衣の男の人が通り掛かった。このビルの会社の従業員みたいだ。 「あの」  男の人は振り返った。 「ここ、喫茶店、ありましたよね」 「へ? 無いよ。ここの裏はうちの会社の倉庫だし」 「え?」  男の人は忙しい様子で、歩いて行った。  ──大分前からあるわよ。ずっと前から。  確か、そう言ってた。  ──まあ、気付かない人の方が多いけどね。ここはそういう店だから。  あの時買った、ビタミン剤……。  ──その薬ね、効果があるのは始めの一回だけだから。後は普通のビタミン剤だから。  あの薬……。  ──何回も効果のある人は、よっぽど荒んでる人だから。後は普通のビタミン剤だから。  もしかして、心の荒んでる人にしか見えない店? 私があの世界に行ったのは、あの薬を飲んだから?  ──効果があるのは始めの一回だけだから。  そうか、もうあの世界には行けないんだ。もう、アリスさんに会う事はない。  あの喫茶店にも行きたいけど、行けない方がいいのだ。  空を見上げた。雲の間から見える、冬の青空。  あの湖畔に、雲が晴れて太陽が見える時が来るのだろうか?  それは私にかかっている。  私の中に太陽が現れて、夢と感動を持たない限り、アリスさんが歌をうたう事は出来ない。  あの森に花が咲いて、湖に太陽が反射されるのを見れないのが残念だけど、アリスさんの為に、そして自分の為に歩きだそう。  自分の中に閉じこもって、無くしてしまった時間と自分を取り戻す為に、私は歩き出した。
/187ページ

最初のコメントを投稿しよう!

130人が本棚に入れています
本棚に追加