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気のせいか、足取りが軽い。
周りの景色も、いつもと違って見える。
こんな所に花屋があったんだ。今までは目もくれなかった。
平日だけど、人がたくさんいる。あぁそうか、学生は冬休みか。いいなぁ。
今日の夜、学生時代の友達に電話してみよう。みんな何してるかな。
この角を曲がると、あの喫茶店だ。ケーキも美味しかったなぁ……。
何より、あのマスターに会いたい。
カップもコップも、鏡も可愛かったな。アクセサリーも綺麗だったな。
勢いよく角を曲がって、立ち止まった。
最近、道の真ん中に呆然と立つ事が多い。これで何回目だろう?
……いつも通ってる、レンタルビデオに行く道。
あの時もこの角を曲がって、あの店を見つけた。
……ない。
ビルの壁。
どういう事?
一人で立ち尽くしていると、作業衣の男の人が通り掛かった。このビルの会社の従業員みたいだ。
「あの」
男の人は振り返った。
「ここ、喫茶店、ありましたよね」
「へ? 無いよ。ここの裏はうちの会社の倉庫だし」
「え?」
男の人は忙しい様子で、歩いて行った。
──大分前からあるわよ。ずっと前から。
確か、そう言ってた。
──まあ、気付かない人の方が多いけどね。ここはそういう店だから。
あの時買った、ビタミン剤……。
──その薬ね、効果があるのは始めの一回だけだから。後は普通のビタミン剤だから。
あの薬……。
──何回も効果のある人は、よっぽど荒んでる人だから。後は普通のビタミン剤だから。
もしかして、心の荒んでる人にしか見えない店? 私があの世界に行ったのは、あの薬を飲んだから?
──効果があるのは始めの一回だけだから。
そうか、もうあの世界には行けないんだ。もう、アリスさんに会う事はない。
あの喫茶店にも行きたいけど、行けない方がいいのだ。
空を見上げた。雲の間から見える、冬の青空。
あの湖畔に、雲が晴れて太陽が見える時が来るのだろうか?
それは私にかかっている。
私の中に太陽が現れて、夢と感動を持たない限り、アリスさんが歌をうたう事は出来ない。
あの森に花が咲いて、湖に太陽が反射されるのを見れないのが残念だけど、アリスさんの為に、そして自分の為に歩きだそう。
自分の中に閉じこもって、無くしてしまった時間と自分を取り戻す為に、私は歩き出した。
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