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「失礼します」
「おぉ、そこに座りたまえ」
部長は若くして出世した人で、会社の信頼も厚い。正確な歳は分からないが、多分40過ぎくらいだろう。
谷原章介に少し似た、掠れの入った声は、妙に説得力を持っている。見た感じも俳優並に優れている。
事務の誰だかと不倫しているという噂も絶えない。真偽の程はわからんが。
はっきり言うが、俺と同じ部類の人間かもしれない。
「君、誰かと結婚の予定はあるかね」
「は? 今の所はそんな予定はありませんが」
沙織、由香、京子……。そんな対象の女はいない。久美子は人妻だし。
「そうか、では、これを見たまえ」
そうして結構デカい、紙のような物を渡した。
……見合い写真?
中を見ると、着物を着た、いかにもって感じの見合い写真だ。
まぁ不細工、とは言わないが、間違っても美人の部類には入らない。着物を着ているせいか、品はありそうな感じだが。
「どうだい?」
「はあ、綺麗な人ですね」
一応、言っておこう。
「私の姪だよ」
あぁ、褒めといてよかった……て、見合い?
「君、どうだね。私の姪と見合いしてみる気はないかい?」
部長の姪。
……将来を約束された話だな。
「すぐに返事しろとは言わない。まあ考えたまえ」
見合い写真を袋に入れて隠し、俺は課に戻った。
遠藤はパソコンと格闘している。動揺しているのがここからでも分かる。もっと落ち着けよ、またミスるぞ。
よし、会議の企画書、1時間で片付けてやる。
「はあ、やっと終わった」
沢田さんが溜息を吐きながら、データをセーブしている。やっと終わったか。あれだけの物、何分掛かってんだ?
出来上がった企画書をプリントアウトした。
「相変わらず、早いな」
「いえいえ、そんな」
てか、てめぇが面倒臭いんだよ。
5時のチャイムが鳴った。パソコンに向かう遠藤と沢田さんを置いて、俺は部署を出た。
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