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誰もいないのに弾き語り?
ううん。いないってより来ないって感じよね…ここ。
なのに一人で弾き語り?
…変な人。
私が変な弾き語りを観察していると、その変な弾き語りは私に気付くわけでもなくギターを鳴らした。
「(どうせ『夢がどうの~♪』とか『愛がどうだ~♪』とか歌うんだ…)」
こういう人はロマンティストかバカ。
自分に酔いしれて気持ち良くなるバカ。
きっと、この変な弾き語りも、分かったような顔して知ったふうな言葉を歌うに違いない。
そう私は心で悪態をつきながら、しばらく相手をしてやろうと腕組みをする。
スローテンポのギター。別に上手いとは思わない。
やがて変な弾き語りは歌い始める。
√僕は誰も愛せない
愛の形を知らない
誰も僕を愛せない
愛の意味さえ
分からないから…
やっぱりラブソング?
…ん、なんか違う?
√誰か愛をください
愛を誰もくれない
だから探すよ
愛の在りかを…
なんか…ちょっとだけ、いいかも。
愛の在りか…ね。
私も…知らないもんね。誰も私を、私は誰も…愛せない。
特に上手いわけでもないけど、なんとなく、今の私に向けて歌われたような…そんな気がして、変な弾き語りから『変な』を付けるのやめた。
√もしも愛に触れたなら
もしも愛が触れたなら
きっとその時
僕は泣くだろう…
もしかしたら、私も、好きな人ができて、その人が私を好きだなんて言ったら、笑えなくて泣いちゃうかも…。
弾き語りはなぜか私の気持ちを歌うように歌いきり、静かにギターを弾き終える。
まったく私に気が付かないのか、遠く、フェンスの向こうを眺めている。
パチ…パチ…パチ…。
どうしてだか、私は拍手していた。
見ず知らずの男の人と、こんな人気のない場所に二人きり。普通なら怖くて逃げてる。
でも、なんとなく…なんとなくだけど、この人は危ない人じゃないのは分かった。
私がする拍手に、やっと私に気付いた弾き語り。
「……」
照れたような顔で会釈だけする。
案外、シャイな人かも知れない。
「いつも…」
何も喋らず照れるだけの弾き語りに、思わず声をかけてしまった。
知らない人に声をかけるなんて…私らしくもない。
「…いつも、ここで歌ってるんですか?」
ここ…こんな寂しい人気のない場所で、この人は何のために歌ってるんだろ?
練習?
多分、練習してるのよね…きっと。
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