おっちゃんの唄

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 いざ母ちゃんとアイを目の前にすると、めっちゃ緊張するわ。 手の平かて汗でヌルヌルしよる。 「オトン、大丈夫かぁ?」 その汗を何度もズボンで拭いとったら、アイが悪戯っぽくヤジを飛ばしよる。 「だ、大丈夫や!」 ぜんぜん大丈夫ちゃうって。 ギター弾くんは大丈夫やろけど、声、震えそうや。 夏前に交番で弾いたんより緊張すんで。 「ほ、ほな、いくで?」 「イエーイ!」 完全におちょくっとるアイと、反対に心配そうにしとる母ちゃん。 わしは咳払いを一つしてピックを握りしめた。  少しレトロな雰囲気にしたメロウなサウンド。ただコーラスかけただけやと味気ないし、少しだけナチュラルオーバードライブを加えてみた。 わしや母ちゃんには懐かしいサウンド。 アイには古臭いやろうけどな。 それまでうるさしとったアイも黙って、わしの歌に耳を傾ける。  特別、思い入れある曲やない。 せやけど、ただ懐かしいっちゅうのはある。 そうなんやな。 わし、音楽で昔を振り返る歳なんやな。 昔は音楽はファッションとかブームとか、そないなもんやった。 流行りとか、そないな感じでしか聞いとらんかった。 音楽っちゅうのは、おもろいな。 懐かしく感じるのも…悪かない。 黙って聞く母ちゃんも、もしかしたら昔を思い出しとんかも知れん。 わしと出会った頃やとか、その前やとか。 色々と思い出せるんは、そんなけ生きて来たっちゅう証やな。 わしも母ちゃんも。 まぁ、アイには、まだまだあらへんやろ。 せやけど、アイかて、これから色々と、歳いってから懐かしくなる出来事が増えてきよる。 そん中には嫌な事かてあるし、後悔する事かてあるやろう。 そんなんも、いつかは懐かしなる…。 そやな、どうせ歳取るんやったら「歳取るんも悪かないで?」と言える人間になりたいもんや。 ヨボヨボになっても、ギター弾いて歌えたら…カッコええ。  たった三分くらいの曲。 アッと言う間に終わってまう。 最後は名残惜しい気ぃして、しつこく繰り返してやったわ。 アイも母ちゃんも、文句もヤジも口にはせんといてくれよったさかい。 けど、やがて曲は終わってまう。 「……」 ギターの余韻が包む。 それが消えるまで、わしら家族は黙ーってもうた。 「…お粗末さま」 わしが頭かきながら言う。 パチパチパチ…。 そしたら、二人揃って同じ顔で手を叩いてくれよった。 「おおきに、な」 やっぱり、恥ずかしいもんやな。
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