おっちゃんの唄

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 何より嬉しいんは、ギターと歌を聞いてくれたことやない。 そりゃ、聞いてくれて嬉しいんは嬉しい。 けどな、それより嬉しいんは、ギター弾いて歌うわしを母ちゃんとアイの二人が認めてくれたこと。そして、アイは気付いてへんやろけど、メールできるようしてくれたこと。 それが嬉しいんや。 この歳になってポチポチ携帯電話いじるんはカッコええとは思わへん。けど、自分の子供とメールできるっちゅうんは、単身赴任しとるわしには有り難いことやねん。 もしかすると、単身赴任しとらんかったら、アイとメールなんてやらへんかったかも知れん。 そう思うと、単身赴任も悪いもんやないな。  一週間の帰省。そんなんアッと言う間や。 新幹線の駅まで行くと、いつもはアッケラカンとした三人でも少しはシンミリしてまう。 何か言わな。 そう考えるんやけど、何も言えん。 話したいことなんか、いくらでもあるはずやのに。 ジリリリリリリ…! けたたましい音がして新幹線が入ってきよる。 「ほな、行くわな?」 半年置きの帰省。別れ際はサッパリしたもんや。 「体に気ぃ付けてくださないね?」 母ちゃんは少しでも笑って見せようとしとる。 「あん」 それが逆に分かるのが辛い。 「今度帰って来る時までにレパートリー増やしときや?」 アイは変わりなくニヤニヤしながら手を振る。 「そやな」 サッパリしたアイに苦笑いしながら、わしは新幹線に乗り込む。 「ほなら、次は年末やし」 「はい」 「オトン。体、壊したらアカンで?」 「分かっとる分かっとる…ほな」 静かにドアが閉まる。この瞬間だけは、やっぱり好きにはなれんな。 やがて滑るよう新幹線は走り出しよる。  住み慣れた街が、どんどん遠ざかる。 わしはそれを席に腰を落ち着けながら眺めとる。 単身赴任は五年。 あと三年も、こないな生活が続きよる。 単身赴任が終わる頃、アイは高校卒業の年。 色々あるやろう高校三年間を、わしはそばで見守ることでけへん。 普通やない。 普通やったら、逆にアイとは折り合いも悪くなるかも知れんかった。 年頃の女の子の気持ちが分かるやなんて、わしは思うとらへんし。 ピリリ…ピリリ。 物思いにふけってたら、携帯電話が鳴りよった。しまった…電源切るん忘れとった。 慌てて取り出し見てみると、メール受信しとる。 それを開いたわしは、隠れて泣いてもうた。 それがアイと母ちゃん二人の写真が付いた、アイからのメールやったさかい。
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