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やたらと蒸し暑い寮の部屋に戻ってきよったら、ドッと疲れが出てきよる。明日からまた仕事や言うのに、わしは荷物をほっぽり出して畳に倒れた。
それでも携帯電話の待ち受け見たらニヤニヤしてまう。
新幹線の中で、どうやったらアイが送ってくれよった写真を待ち受けにできるか試した甲斐があった。
わしは一人やない。
家族がおる。
たった一枚の写真で、こんなけの実感があるやなんて…なぁ。
そんで、写真と一緒に送られた文章をまた読み返してみる。
『今度年末に帰って来たら、また歌ってや?次は三曲くらい練習してな♪ウチも勉強がんばるし』
ニヤニヤ。
そやな。冬に帰ったら、三曲くらいはやったろ。アイかて勉強がんばるんや。わしかて練習、がんばろ。
わしら家族にとって、それまでと少し違う夏も終わっていきよる。
夜になれば秋の虫たちも賑やかになっていく。
わしは新しくスコアを二曲分買うて、仕事が終われば練習するようなった。
そして、久しぶりに、あんちゃんがいる路地裏に顔を出してみた。
「あんちゃん!久しぶりやな!」
そう手を振り、あんちゃんと会う…はずやった。
しかし、わしが路地裏を抜け、あのフェンスの袋小路に行っても、あんちゃんはおらんかった。
何日も、何日も、わしは仕事帰りに立ち寄ったけど、あんちゃんはおらんかった。
一期一会。
そんな言葉が頭をよぎりよる。
もしかしたら、二度と会えんのとちゃうか?
そないな考えを何度も振り払いながら、わしは部屋のカレンダーめくった。
それでもわしは毎日あんちゃんが歌うとった場所に、日課のよう通い続けた。
ふと、誰もおらんフェンスの向こうにアキアカネが飛ぶのを眺めとったら、そのフェンスに花が咲いとるのに気ぃ付いた。
いんや、咲いとるんやない。
それは誰かが置いた花束やった。
こないな場所に、誰が花束なんて置いたんやろ?…縁起でもないわ。なんや、まるで、あんちゃんが…。
そこまで考えて、わしは頭を振った。
一期一会。
このまま、あんちゃんと会えんのやろか?
一言、礼を言いたいんや。
わしに、わしら家族に、楽しみ作ってくれたあんちゃんに…。
アキアカネが花束に止まって、また同じ色した空に消えていく。
こうなったら会えるまで毎日来たる!
そう決心したんや。
いつか、おっちゃんの唄、あんちゃんに聞かせたる!
あんちゃんの代わりに、わしはアキアカネに強く誓うしかなかった。
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