2/2
前へ
/20ページ
次へ
 只立ち尽くした。否、立ち尽くす事しか出来なかったのだ。  ――これが死というものなのか。言葉はなく静寂だけが広がり、重く冷たい風が流れる。           「早く帰らなきゃ」突然降り始めた豪雨の中絵里は小走りに、天気予報への文句を呟きながら家へと急いでいた。走り疲れて来た頃ようやく視界に家が見えて来て安堵しもうすぐだと言い聞かせ、ずぶ濡れの身体で息を切らしながら徐々に走る速度を上げる。           「――何?」それは突然絵里の目に飛び込んで来た。  アスファルトに容赦なく打ち付ける雨の中にポツンと一匹の雀が。歩道を流れる水の上に雀は震えながら横たわっていた。  羽毛は雨でボサボサに、目も虚ろで今にも息絶えそうな程衰弱していた。           絵里は恐る恐るそっと優しく雀に手を伸ばし触れた。まだ息はあるようだ。そんなことはお構いなしに打ち付ける雨。自らの傘をその場に投げ捨て、そっと雀を抱き上げ震える手で洋服の胸元に入れた。  「どうか死なないで」自分の無力さと、普段は沢山飛んでいて目に止める事もない雀の変わり果てた姿に、絵里の涙は止まらない。止めどなく溢れる涙も豪雨の中ではただ視界を悪くするだけ。          ――どうしたものか。何も考えず雀を連れて来た自分への後悔で一杯だった。  ふと母の言葉を思い出す。口癖のように「動物は死んでしまった時悲しいから飼わないのよ」いつもは反発心を持っていた絵里だが、この時初めて母の言葉の意味が分かった気がした。           それと同時に勢いで傷付いた雀を連れて来た事に罪悪感が止まらなくなり、とめどなく溢れる涙もまた止まらなかった。それでも家迄連れて帰り、彼女なりに必死に看病を続けた。無我夢中、もう助からない事は絵里も承知の上。それでもこのまま何もしないのはもっと辛いことで必死に看病を続けた。           一秒がとても長く感じられた。一秒毎に雀の身体が冷たくなって行くのも分かっていた。  雀が息絶える迄さほど時間はかからなかった。完全に冷たくなっても絵里は看病を続けた。それは死を受け入れる事が出来なかったから。           初めて間近で見る死。何故雀を連れて来たのか、何故必死に看病したのかも分からないまま。  死を受け入れる事は難しい。ただ雀と過ごした一瞬を彼女は一生忘れる事はないだろう。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加