一章~第一節~

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 薄暗い森の中を、樹と樹の間を縫うようにして進む人影。  空気の澄んだ空には満天の星空、そこに一際輝く丸い月が照らし出したのは、この闇夜に溶けるような黒髪に獣毛で裏打ちされた黒いチュニックに黒いブラッカエを着用し、腰に巻かれた皮製のベルトには短剣を差し、左手に鞘に収められたなんの装飾も施されていない鉄製の長剣を握っている若い男の姿だった。  手入れのされていない黒髪は今まで寝ていたのかと思うほどボサボサで、精悍な顔立ちを台無しにしている。外見から見て取れる年齢はさまざまだが、二十歳前後だという事は分かる。  彼の名はヘルシャ・ヴァデス。傭兵として様々な依頼を受け、生計を立てている青年だ。  森の静けさには似つかわしくない雑草を踏み分ける音が辺りに響き、彼の存在を際立たせる。  かれこれ一時間は森の中を走り続けているにもかかわらず息一つ切らせていない事からも、鍛錬を怠っていない事が分かるだろう。  暫く走っていると、古ぼけた石造りの民家の窓から淡い灯りが漏れ出しているのが視認できた。恐らくそこが今回の仕事場だろう。
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