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「あら?進藤じゃない」
演奏を待つ演者達が集まる控室に、女性の声がポツリと聞こえる。その声が背後からした途端、進藤はチューニングを止めトロンボーンを口からゆっくり離した。
「…進藤くん?」
早川は突然チューニングを遮った進藤を心配そうに見た。
「早川。少し待っててくれ」
そういうと早川に持っていたチューナーをポンと軽く渡した。先程の進藤を呼ぶ声が聞こえていた早川も、進藤が誰かに呼ばれていた事はわかっていた。
が、何故進藤が今強張った顔付きで振り返り、その声のする方へ歩いて行くのかはまったく検討がつかなかった。
「姫川。久しぶりだな」
進藤がその声の主の前に立つ。
「そうかしら。私はこの前うちで行われたFMFの集会の時に見たわよ」
そういうと姫川はテーブルにおいてあった自分の物であろうトロンボーンを手にとった。
「まさか一条なんかに進学したあなたがそうやって楽器を持って私の前に現れるとは思ってもみなかったわ」
そういうとその女は口元を歪ませて笑った。いや、にやけたという表現の方が正しいのかもしれない。
「何故ここにいる」
進藤のその質問。姫川と呼ばれた女が答えるまでも無く、突然姫川の横に現れた長身の男が口を先に開いた。
「演奏者だからだよ。夢咲高校トロンボーンパートアンサンブル代表としてね」
男はにっこりと笑った。長身、細身、ただしかし真面目さなど微塵も持っていない。表面上きっちりと制服を着てはいるものの、ボタンやベルト、そういった類を見ればだらしなく着ているのが良くわかる。しかし、トロンボーンが小さく見えるほど男の背丈は高かった。トロンボーンが何かの武器に見えてしまう程である。
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