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彼女は少しの沈黙の後、口を開き「解りました……」と重々しい口調で答えた。そして、鞣革の財布から一枚の紙切れを掴むとこちらへと差し出す。その白い指に誘われ顔を出したのは諭吉さんだった。
「壱萬円になります。これで、その焼きそばパンを御譲りしていただけますね?」
桁が違った! 流石、金持ち。笑顔が痛い。ってか百円パンに一万円はおかしいだろ。
『じょ、冗談ですよ。はははは……、真に受けないで下さい。お金は結構ですから、持ってって下さい』
俺がそう告げた途端、彼女は待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、パンを受け取った。そして「有り難う御座います」と深々と頭を下げて見せた。
その笑顔は最初っから貰う気だったんだろ、とツッコミをいれたかったがやめておいた。
「本当に有り難う御座います。これで御嬢様に叱られなくて済みそうです」
『はははは……。パン一個でそこまで言われるとこっちが困りますよ』
「すみません。このような性分ですので」
つうかこの人、何気に御嬢様って言ったよな。て事はやっぱり本物のメイドさんなんだな……。
「わたくし、ユエ・クレアトゥールと申します。またいつかお会いした時にでも今日の恩義を御返ししたいと思います」
『あ、ども。俺は村守響(ムラカミヒビキ)って言います。因みに村を守るって書いて村守です。ってその前に恩義って大袈裟ですよ』
「いえ、大好きなパンを他人に譲るなんて普通はしないものです。貴方様は御優しい心をお持ちです」
なんだか、俺がすげぇいい人に聞こえるな。ん? 大好きなパン?
『どうして、俺が焼きそばパンが好きって解ったんですか?』
ユエさんはにこやかに笑うと言った。
「はい、貴方様の独り言が公園によく響いていたので」
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