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男がこちらを向いた。出刃包丁を握っているのが見えた。生物を殺めるために作られたかのような凶刃が、ぎらりと黒く光った。男が近付いてくる。
「常識や正義というのは実に不明瞭な言葉だ。同様に、君の持っている公共の倫理や社会的な常識は、君自身しか持っていないのかもしれない。そして、それなら、私の如何なる行動は自由が保障されているはずだ。たとえ公共の福祉に反しているとしても、それも神が決めたことでは無く、人間が勝手に決めたことだ。私の行動が制限されることは無い」
男が顔を近付けた。逆光で表情が読み取れなかったが、微笑んだ気がした。
「それじゃあ、そろそろ、君を解剖する作業を始めて良いか?」
男がニヤリと笑った気がした。私の腹を出刃包丁が突き破り、横一文字に皮膚と腹筋が割けた。激痛が全身を駆け巡った。切り口からは勢い良く鮮血が噴き出し、私の顔に温かく降り注いだ。ふいに眠気が襲い、私の意識は遠退いていった。
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