善と悪

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「良いかい? この世には、男に対して女、光に対して闇があるように、正義に対して悪がある。だがそこには決定的な矛盾がある」    マンションの一室、目の前の男が私の周りを歩きながら言った。   「人間という生き物は、自己顕示欲の強い排他的な動物に過ぎない。例えば、悪人が盗みを働いたとして、その行為は『悪』だと普通の人は思うだろう。だがしかし、そこに盗みを避けられない何らかの理由があったとしたら? 盗みを働いた彼にとって、『正義』と『悪』は逆転してしまう。しかし、盗まれた被害者にとって彼は『悪』以外の何者でも無い。『正義』という言葉ほど、排他的な矛盾を内包し、かつ押し付けがましい言葉は無いのだよ」    彼は満足げに口角を上げた。   「だから私にとっては悪も正義も無い。たとえ公共の福祉に反することでも、その公共は人間が勝手に決めたことであり、神が決めたことではない。だから、私の如何なる行動は、誰からも制限されるべきではないはずだ」    彼は、私の目の前で優しく微笑んだ。   「それじゃあ……そろそろ終わりにしようか」    縛られた私の脳天に向かって、金属バットが降り下ろされた。
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