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猫は目を覚ました。薄目を開け辺りの様子を伺う。そこは新しい美容室だった。オシャレぶって近代的でなんて安っぽい。とても猫の趣味ではなかった。
どうやら男は美容師のようだ。猫はいつも毛と爪の手入れをさせているものに世話になるなんて考えもしなかったが、どうやら足がうまく動かずしばらく移動するのは無理なようだった。
男は猫を気にしながら月も眠るような遅くまで働いた。終わるとすぐにミルクを買ってきた。
猫は口をつけなかった。
太陽が出ると同時に男は働いた。猫は薄目で男の姿を追っていた。それに気付くと接客中でもくしゃくしゃの笑顔を猫に見せた。
猫は驚き寝たフリをした。
仕事を一生懸命こなしながらも男はミルクを口にしない猫が心配でしょうがなかった。
牛の乳なんて飲めないわ。雑じり気なしの宝石だけよ。でもこんな男に言ったところでしょうがない話。早く足、治らないかしら。
仕事が終わるなり男は走ってきて猫を力一杯抱き締めた。
猫は抱き締められたことも、なでられたことすらなかったので大変驚いた。
なんで飲まないんだ。何か食べたいモノがあるのかい。男は涙を流していた。
男の涙は焼けるように熱かった。猫は全身があたたかかった。腹はすいていたが寒くなかった。初めての感覚だった。
何日かして足は治った。でも猫は男の元を去ろうとしなかった。宝石しか食べられないことも男を想って言い出せないまま。
腹がすいて美しかった猫の毛はパサパサになり色もクリームがかった黄色に。目なんか濁ってサファイア色とはほど遠かった。
でも男は毎日猫を抱き締め世界一美しいと言って宝物を扱うように猫をなでた。
猫は幸せだった。男が仕事を終えて自分のもとに走ってくる姿を想えば苦しくなどなかった。
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