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ある日を境に男は帰ってこなくなった。
猫は何日も待った。身をこらし息をひそめ、ひたすら男を待った。
猫は男の身に何かあったのだと思い男の店に行くことにした。家から店はずっと食べてない猫にはとても遠かった。宮殿のツルツルの大理石しか歩かない猫には土の道はゴツゴツしていて足からは血が滲み出た。爪は剥がれた。一歩踏み出すのも地獄の痛みだ。艶々だった毛はパサパサを通り越して、ちょっとした風に吹かれるだけで抜け落ちた。サファイアのように光輝いていた目は何年も雨にうたれた10円玉のように汚く茶色に濁っていた。
近代的な街に入ると街行く人が、なんて汚い猫だ!と悲鳴をあげ逃げ散った。
もう少し。あと少し。
猫は男の店になんとかたどり着いた。
男は大丈夫か、生きているのか。
男は笑顔で仕事をしていた。いつもどおりに。
いや、いつもどおりではないものが1つ。
猫が座って仕事をする男を眺めていた椅子に安っぽい流行りの新しい猫が座っていた。
猫は死んだ。
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