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「で、どうする。俺はここを退く気はないぞ」
本題に入った天狗の目はまた冷めた視線を私に向けている。
「どうしようか。あなたが実体化しないで、普通の人間に姿が見えないようにしてくれれば何の問題もないんだけど」
「そんなことでいいのか?」
「ええ、まあ。特に誰かに取り憑いたりして生気吸ったりしてるわけじゃないでしょ?」
「ああ」
「ならいいわよ。どうせ他の人には見えないんだから」
「………」
天狗はあまり表情には見せないけど、驚いたという感じで私を見つめている。
「特に危害がないなら退治する必要ないでしょ?それに、私もあんまり天狗とやり合いたくないし」
「………お前は本当に変わっているな」
「そりゃどうも。じゃあ私もう行くね」
私は元来た道を帰っていく。
「あ!そうだ…」
いいことを思いついて振り返る。
「なんか食べ物とか困ったことあったら私に言って。人間襲ったりしたら今度こそ退治してやるから」
笑って言ってから私は帰っていく。
帰り際に見た天狗の明らかに驚いた顔は、忘れられないくらい面白かった。
林を抜けるとまだ依頼人のご主人がいた。
「雅様!ご無事ですか!?」
私が見えるなり血相を変えて飛んできたから何かあったのかと思った。
「大丈夫です。すみません、ご心配をおかけしてしまって。無事に済みましたので、もう大丈夫でしょう」
優しく微笑んで言い聞かせると、やっとご主人の顔が和らいだ。
「ご無事で何よりです。雅様に何かあったらどうしようかと」
「ありがとうございます。では私はこれで失礼します。また何かありましたらお呼びください」
深く頭を下げてから駅に向かう。
けっこういい依頼だったかな。
伝承とかでしか知らない天狗とも話せたし。
私は足取り軽く駅に向かって歩く。
何故かすごく、気分がいいから。
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