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誰も来ない生徒会室脇の洗面所で、鼻歌混じりに手早く弁当箱を洗う。
『自分のも洗ったことなかったんだけどさぁ』
今は黒猫状態の少年を想い、暁はニマニマを止められない。鏡にその顔が移ってもかまわずに。
『頼ってくれちゃってさ』
希沙夜に促された歯磨きまでし終わってから、暁は青ざめる。
「やべっ!俺、午後の数学に出ないと、内申に響く!」
バタバタと駆け戻り、机にちょこんと座って待つ黒猫へそれを告げた。
「みにゅう……」
小首を傾げた希沙夜は机から飛び降りる。そうして天へ向かい、「にゃいにゃい」と前足を必死に動かして何事かを描き出した。
すると黒猫の前足先から光が噴き出す。それは弧を描き、交わって不思議な象形文字を成してゆく。
「すげ……!」
暁は少しマンガっぽいが荘厳な光景に目を見張った。
やがて象形文字が七色に輝き、そこへ見知らぬ空間がぽっかりと開く。
「えっ?どこでもドア?」
「みゃあ?」
暁の呟きに半眼になった黒猫は、輝く空間へ飛び込んだ。
「おいっ!待てって!」
尻尾が光に溶け込むからそれを追い、慌てた暁は飛び込みの要領でその中心へジャンプする。
光と光の眩しさに目が慣れ、ゆるゆると周囲が形を成してゆく。
気がつくとそこは、鬱蒼と木々が茂る森の中の小道であった。
「……おーい、希沙夜~」
「こっちだ」
「お!人間語に戻った?」
「いや、隠国内だから喋れるようになっただけだ」
はぁ、と黒猫が憂鬱そうにため息を吐く。それがおかしくて噴きそうになり、暁は必死で笑いをこらえた。
見回せば、森は果てしなくどこまでも続いている。
どこからか、聞いたことが無い鳥らしき鳴き声が響いてきた。
辺り一面、甘く不思議な香りで満ちている。
『希沙夜っぽい匂い……』
暁は深呼吸した。
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