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平日の朝、起きてリビングに降りて行くと、キッチンにいた母が鍋の蓋を持ったままやってきた。
『ねぇ、お爺ちゃんの様子が変なのよ』
『死にそう?』
『バカ! 元気よ。なんていうの? いつもと違うって言うのかしら……』
そう言って母がキッチンの向こうの洗面所に目をやる。
そうっと近付くと、なんの歌だか解らないが、鼻歌が聞こえてきた。
まぎれもなくその声の持ち主は祖父。
『相変わらず下手くそだなぁ……』
祖父は音痴だ。音程が微妙にズレている。
なんの歌か解りそうで解らない事に、聞いているこっちはイラッとくる事があるくらいだ。
調子づいている時は鼻歌ではなく歌う。
祖父の歌はわが家で《公害》と呼んでいた。
祖父は洗顔後の顔に、洗面所にある父の男性化粧品をつけていた。
そして、もう殆ど抜け落ちて寂しくなっている頭にドライヤーを当てる。
新しい健康法?
頭のてっぺんにフワフワと浮遊する産毛のような髪に、やはり洗面所にあった弟の整髪料を……、
『お爺ちゃん! ちょっとそれワックスだよ。髪につけるやつだよ。何処に付ける気?』
洗面所に飛び込んだアタシに、祖父はニッと笑って浮遊する髪を指差した。
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