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1
意識を取り戻した少女は自分の置かれている状況を即座に理解した。
両手両足それに口を封じられ、狭い物置小屋に閉じこめられている我が身に死が迫っているのは明らかだった。しかし、それでも一縷の望みを託さずにはいられなかった。
少女は恐怖という布きれ一枚を身に纏い永劫とも思える時間に身をさらしていた。
そして――
戸が荒々しく開かれた。その音に少女は身をすくめた。全身に汗が噴き出し、喉が焼け付くように乾いている。人影に恐る恐る目をやった。
お兄ちゃん!
「大丈夫か!」
僅かな望みが現実のものとなった。少女は身体の力が抜けていくのを感じていた。手足が自由になると少女は兄の胸に飛び込んだ。少女を力強く抱きしめ、兄は言った。
「もう全部終わったんだ」
少女は泣いていた。泣きながらその言葉の持つ意味を思っていた。
午前二時、とある児童養護施設。虫の音一つ聞こえない静寂の中、少女は自分の涙で浅い眠りからゆっくりと目を覚ました。しばらく夢と現実の狭間をさまよっていたが、徐々にここが自分ら兄妹に割り当てられた部屋であることを思い出した。と同時に頭の中に何かが詰まっているような不快な鈍痛に気付いた。隣で寝ているはずの兄にそれを訴えようと痛みをこらえベッドの上に起きあがった。しかし隣のベッドには兄の姿はなく、乱れたシーツが床に垂れているだけだった。
少女はおぼつかない足取りで部屋のドアを開けた。すぐ前がトイレだったがそこに人の気配はなかった。少女はふと思い立ち、ランドセルを脇にどかして自分の机によじ登った。窓を大きく明けて外を見る。街灯の下だけがぼんやりとひかっている他は一面の闇だった。
こめかみに響く痛みがひときわ大きくなった。少女はすーっと意識が薄れていくのを感じた。ゆっくりとぼやけていく視界の中で、そのはじに闇の中へと消えていく兄の姿を見たような気がした。
「……お兄ちゃん……」
少女はか細い声で呟くと、そのままベッドに倒れ込んだ。開け放たれた窓からは闇が静かに、そしてゆっくり入り込み、少女を包んでいった。
まるで、少女が再び目を覚ますのを妨げるように――
それが、五年前のことだった。
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