45人が本棚に入れています
本棚に追加
「……次、一三一番、平山。平山友也。――いないのか?」
静まり返った教室に教授の声が響く。
窓側一番後ろの席で頬杖をついて外を眺めていた男がビクッと肩をふるわせた。
「は、はい。いますいます」
彼の名前は平山友也で合っていたが〈友也〉は〈ともや〉ではなく〈ゆうや〉なのだ。昔からさんざん言い間違えられてきたが、いっこうに慣れなかった。といっても今のはただ単に聞き逃しただけだったが。
友也がここ栄羽大学に入ってすでに二月が経っていた。東京での一人暮らしはだいぶ慣れたが、大学の方はそうでもなかった。友也は自ら積極的に何かを成すようなタイプではなく、どちらかというと流れに身を任せてゆらゆら漂っているといった感じの人間だった。そのような男が学校という普遍的ではあるが一種独特な空間を心地よいと思うはずはなかった。
しかし、今の彼には不毛だった高校時代よりは多少変化のある局面が訪れていた。その原因となったのが――ちょうど今、講義室の後ろのドアからそろりと入ってきた人物である。
教授が読み上げている名簿がまだ自分の所にたどり着いていないのを確認すると、彼女は背を屈めて素早く窓際まで移動してきた。そして友也の隣にちょこんと腰掛ける。と同時に名前が読み上げられた。
「……過年度二二五番、宇野桐子」
「はい」
彼女は涼しい顔で返事をした。左手で胸元にかかっている髪を掻き上げ、はじめて友也に視線を向けた。
「ギリギリセーフ」
桐子はにんまりと笑ってささやいた。
「終了三分前に入ってきますかね、普通」
友也も同じように声をひそめて返した。
「二コマ続けて座ってられますかってーの。あんなの体はともかく頭がもたないって」
「一時間半なんてぼけーっとしてればすぐですよ」
とホントにぼけーっと講義を聞き流していた彼が言った。
「わたしはゆう君みたいに神経が図太くできてないもん」
……どっちが。
と友也は思ったがそんな考えはおくびにも出さなかった。
名簿を最後まで読み終わると、教授は「来週は休講です」と言い残し、すでにざわつき始めた教室から出ていった。
「ふーっ、やっと今日の講義も終わったか」
桐子は組んだ手のひらを頭の上に突き上げてため息混じりに呟いた。
「今日は午前中に健康診断があったんですけど宇野さん来ませんでしたよね」
最初のコメントを投稿しよう!