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「わたし毎年人間ドックに行ってるもん」
「てコトは今日は一コマプラス三分しかいなかったわけか。いいご身分すね、全く」
「そういうキミのノートだって真っ白みたいだけど?」
と桐子は友也のノートを覗き込んだ。
「ちょっと近眼なもんで」
友也は目を細めて黒板を見やった。
桐子はその様子を横目で見ると「よく言うわ」と漏らした。そして多少期待のこもった眼差しを友也に向けた。
「――で、今日なにする?」
友也はこの二月あまりの経験を思い浮かべて答えた。
「さあ。いつも通りでしょ。部室で本読むか世間話をするか……」
桐子の顔がみるみる歪み、「そんなのもう飽きたぁ~」と机の上に置いたバックに顔を突っ伏して駄々をこねた。
宇野桐子。あと何ヶ月かで二十歳になろうとしているれっきとした大学生である。平山友也にとっては中学の一年先輩にあたる。彼女は東京の高校に進学したため、地元の高校を出た友也とは四年間顔を合わせていなかった。ところが栄羽大学に入った友也を待ち受けていたかのように桐子もその大学に在籍していた。それも今年入学した友也と同じ学部、で同じ学科の同じクラスに。
入学式の後の説明会で桐子を見かけた友也はその訳を尋ねた。
「なぜかって?わたし、この一年間は休学してたのよ」
「どっか病気だったんですか?」
「最後に体調崩したのは、たしか幼稚園のお泊まり会で一睡もしなかった時だったと思うけど」
「はあ……」
友也には他に言いようがなかったが、それでもなんとか言葉を紡ぎだした。「それに確か宇野さん、昔、『高校には入るけど大学には行かない。だってあんなトコ行ってもしょうがないでしょ?』って力説してませんでしたっけ」
「ああ、アレ?……実はね、わたしはそのつもりだったんだけど親がどうしてもって言うからさぁ。わたし一人ぐらい食わせていくお金なら充分すぎるほど持ってるくせにうるさいのよ。それで大学に入ってやる代わりに一年間の休みをもらったわけ。だからこの大学には去年入ったんだけどまだ一度も講義には出てないし」
あきれと羨望が入り交じっているという、よく分からない表情の友也に桐子はさらっと言ってのけたのだった。
宇野家はいわゆるお金持ちの部類に属していて、そういう意味では彼女はお嬢様であるはずなのだが本人にその自覚は全くなかった。
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