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薄暗い部屋に時計技師がいて、鍵束を探り、金色の鍵を鍵穴に入れた。
カチリと音がする。
奥にある小部屋は、『時計室』と呼ばれていて、広間にある大時計のちょうど裏側だ。
たくさんの歯車が規則正しく回っている。時計技師はそれらがきちんと規則正しく回っているかを点検する。
その中でいちばん小さな歯車に油を差していたとき、大時計の向こうから話し声が聞こえてきた。
向こうは広間である。
文字盤の穴に、時計技師は耳を当てた。
「……今月の戯曲全集はまだ来ない。もう届いてもいい頃だと思うんだけどね」
「まだのようです」
「へんだね」
「そういえば、昨日こんなものが届いていましたが……」
「なんだい。これは。こんなものを頼んだ覚えはないよ。配達を間違えたんじゃないか。取りに来るかもしれないから、そこに置いておこう」
「はい」
足音が遠ざかり、扉の閉まる音。広間には誰もいなくなる。
時計技師は時計室を出てから、金色の鍵を元の場所に戻し、薄暗い部屋をあとにする。
そして広間に入る。
大時計を見上げ、その文字盤と、自分の懐中時計を見比べた。どちらもまったく同じ時刻を示している。大丈夫。正確だ。
広間を出ようとして、ふとテーブルに目が留まった。本が載っている。
黒い本。
タイトルは無い。
気になるので、手に取ってみる。ちょっと見るつもりが、ついついページを繰る手が止まらなかった。
それは『門に錆びた札が掛けてあり……』で始まる物語だった。
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