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雪絵が産まれて 5日後… 晶子は退院したが、 光一は迎えに来なかった。 不安な気持ちを押し殺して 住み慣れたアパートへ戻った。 その夜 光一は戻らなかった… あの時 別れていたら… 私に勇気があったら 今… 私はこんな所にいない。 晶子は鉄格子から見える曇った空を眺めて、かぶりをふった… 『倉木さん、お食事ですよ… 置きますね!』 看護婦の声とともに 扉の下に付いた小さな窓から、 食事が床に置かれる。 (そんな渡し方しなくても私はまともだから…) 晶子はおおきなため息をつく。 いっそ… わざと発狂したふりをして、 看護婦が出した手を掴んで、 思いっきりこちらに引っ張ってやろうかと、思う事がある。 狂っていると、判断したのはそっち! 私の言葉にも、訴えにも耳を貸さないなら… 診断通り ドアを叩いて、 喚いて、 大声で、歌でも歌ってやろうかと 気持ちが混乱する… この部屋は、 精神病患者を隔離して治すところではなくて 精神病患者を作り出す場所だと、晶子は思う… あるのは、白い壁と鉄格子。 壁一枚で仕切られた トイレと、小さな洗面台。 テレビもなければ、ラジオもない。 正常な人間も、正常ではいられなくなる。 雪絵と健一の為に あの子達に会えるまで… 晶子は、狂いだしそうな自分を 握り拳をつくりながら 必死に押さえ込んだ。
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