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ある日 いつものように最後の客の皿洗いを済ませた後 オーナーが晶子に声をかけてきた 『まーちゃん もう私も歳だ… 実は店を閉めようかと思うんだ。 長い間頑張って働いてくれて本当にありがとう』 晶子は気が動転したが こくんと頷いた 『それでだが、来月からまーちゃんには駅前にある新しく出来たビルがあるだろ? そこで働いてもらおうと思う。 突然で申し訳ないが悪い話しじゃない』 晶子は 意味がわからずオーナーの目を黙って見つめ返した オーナーはにっこり笑って頷いた 白髪だらけの頭に手をのせ 手のひらで短い髪の毛をくちゃくちゃとかき回しながら話しを続けた 『あのビルの中に料理教室を開くらしいんだ。 私の知り合いの… ほら! まーちゃんも何度か会った事があるだろ? スーツ着てこんなに太ったよくしゃべる』 オーナーが手を大きく横に広げて 時々、食事に来るその友人の物真似をした 晶子は笑って頷いた 『あいつが料理教室の先生を探してる で、まーちゃんに白羽の矢がたった訳だ 是非まーちゃんを料理教室の先生に欲しいってね奴に頼まれた まーちゃんなら料理の腕は間違いない! 15年も私の弟子だった訳だし』 オーナーが笑って晶子の顔を覗き込んだ 涙が溢れてきた オーナーの一人芝居が嬉しかった 店を閉める事によって、一番に、晶子のこの先の生活を案じてくれたのだろう。 友人に何度も頭を下げ 晶子を使ってやってくれと頼んでいる オーナーの姿が容易に目に浮かぶ 涙が止まらなかった 「ありがとうございます…」 晶子は止まらない涙を拭う事も忘れて、オーナーに頭を下げた
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